肩こり腰痛ダメ夫です。
過去を振り返ってみれば、ダメ夫はなかなか運がいいと思います。宝くじや競馬などのギャンブル運ではありません。そもそも宝くじを買ったこともありませんし、競馬もしたことありません。
ダメ夫の運というのは、これ以上失敗したら後がないという状況で、なんとなくうまく行くのです。人生の岐路でこれが4回ありました。もちろん、うまく行かなかったこともありますが、ご紹介致します。
1. 大学受験
ダメ夫は後期受験で第二希望の大学に進学しました。何とか家から通える国立大学に入るべく、浪人もしていて、もう後がありませんでした。国公立大学の後期試験はとても倍率が高いです。前期試験で合格した人は後期試験を辞退しますが、それでも記念受験者はおらず、受験者皆が後がない状況です。ダメ夫の学科の合格者は確か5名程でした。ウェブで合否を確認し、自分の番号があったときのことを今でも憶えています。仕事から帰ってきた母も喜んでくれました。もうあれから10年くらい経つんですねえ。
受験は運じゃないとおっしゃる方もいるでしょうが、運も必要です。
2. 大学であいつらとの出会い
ダメ夫は大学でいわゆるリア充な生活を一切送っていません。大学生活で彼女も一度もできませんでした。それでもTとKの二人に出会えたことは財産です。
Tは現役で合格した香川県民です。大学の近くで一人暮らしをしていました。男前で背が高く、暗算がすさまじくはやい怠け者です。しょっちゅうTの家に泊まってました。なぜかファミコンをよくしていました。互いに哲学に傾倒していた時期があり、本を読み漁っていました。そしてそれ以上に二人で大学をサボっていました。
後にKはダメ夫がいなかったらすぐに大学をやめていただろうと言っていました。それはダメ夫も同じです。なお、Kはその後留年しつつも無事卒業します。
Kは大阪府民で元は違う大学に通っていましたが、そこを退学し、同じ大学に入学してきました。知的好奇心旺盛で、物事を突き詰めるタイプです。見た目は地味で冴えない感じで、体も弱かったのですが、後に同じ学科の美人と付き合いだします。Tいわく、Kは入学式のときチャックが全開だったらしいです(笑)。
3. 大学院受験
ダメ夫は外部の大学院を受験しました。同じ大学の大学院を受験することを内部受験、他の大学の大学院を受験することを外部受験と言います。一般に、内部の情報を得られる分、内部受験の方が有利と言われています。内部受験が有利と言われる理由は他にもあるのですが、真意が定かではないため書きません。
このときダメ夫は、ある大学院の2研究科を受けて、第一希望の一回目の試験で合格しました。その研究科は夏と冬の2回ありました。それよりも先に第二志望の研究科の一回目の試験がありましたが、そちらは不合格でした。ダメ夫が目指した研究室の分野は、これまでほとんどダメ夫が勉強したことのない内容だったので、かなり思い切りが必要でした。
大学院試験は、内容が専門化されるため、試験問題も明確に傾向があります。過去問を片っ端に印刷しに大学院の図書館へ行きました。
合格通知書を母親に見せたら、仏壇に供えていました(笑)。そもそも母は大学院というものを知りませんでした。
結果的に夏の段階で進路が確定したので、後はおとなしく講義と卒論に集中するのみでした。なお、ダメ夫は講義にあまり出ていなかったため、4回生でもかなり講義を取っていました。一回生で取るべき必修単位もやっとこさ3回生で取っていました。卒論も未熟ながらがんばりました。
まったく就職活動をしていなかったため、もしこのときすべての試験を落ちていたらと思うと、ぞっとします。
4. 就職
大学院では、ぽんこつ大学院生をやりながら、なんとか修士論文を仕上げ、修了できました。修了式・学位授与式には「こんなの出席する人いるの?」と出ませんでした。後から聞くと、普通出席するものだそうです。学位証明書?を受け取りに来いと総務から電話があって面倒だと思いながら自転車で取りに行った記憶があります。このブログを書き始めたのも院生からです。
さて、ダメ夫が就職活動を始めたのは、普通よりやや遅く、M1の1月でした。理系で就職となると、推薦があると思いきや、まったくありませんでした。そもそも研究内容がアカデミック偏重なので、民間で生かすことができないのです。
研究室で就職活動をするのが私だけだったので、まったく何もわからないまま就職活動を始めました。たくさん恥をかきました。
幸い、5月の上旬くらいに商社に内定をいただき、就職活動をやめました。しかし、最終的に入社したのは、夏になんとなく受けたメーカーでした。理由は、内定をいただいていた商社は、体育会系な雰囲気があり、ダメ夫は馴染めないと判断したこと、メーカーはよくわからないが面白そうだったことです。
ダメ夫は元体育会系ですが、体育会系のノリが大学以降まったく受け付けなくなりました。
そしてこのメーカー、入社して正解だったと思います。特に人に恵まれていると思います。ダメ夫は大学生以降、社交性が皆無な人間になったため、とっつきにくいと思います。コミュニケーション能力が低いというやつです。それでも上司・同期・後輩にいい人が多いです。たまにむかつきますが。
おそらく上記の商社に入社していた場合、すぐにやめていたのではないだろうかと思います。
とりあえず今日はここまで。
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